~英語Terakoyaってどんな人?~

2014年7月まで奈良橿原で
TOEIC,TOEFL、英検などの英語資格を少人数クラスできめ細やかな指導を提供していました。


なぜ英語資格なのか?

日本は資格社会です。

資格を武器に、受験・進学・就活・再就職の可能性を広げることができます。

未経験でも、資格がスキルを証明してくれます。

資格取得がどうしてそんなにいいか?

それは、目的を達成することによって
小さな成功経験を積むことになるからです。

小さな成功経験をいくつも積めば、それは大きな自信になります。

資格に挑戦することは、成功経験をするだけでなく、
次のレベルを目指して、モチベーション維持にもなるのです。

そして、資格はとることだけに意味があるのではありません。

努力して取る過程も、とった後もとてもとても意味があるのです。

あなたがそれを活かそうと思えば、資格はとても人生を豊かにしてくれるのです。

自分自身がそうだから、自信をもってそう言えます。

私は、18年間の専業主婦のあと、資格を武器に、未経験ながら英語講師へと転職しました。
ですから、資格のもつ意味を誰よりも実感しています。

そうなんです、そのなが~い専業主婦時代のあいだに、何度も転勤で移動し(香港にも)、
 7年に渡る単身赴任生活の中で4人の子どもをひとりで育てながら
英語の勉強を続けて、資格を取り、独学でTOEIC970,英検1級を取得したのです。

英検面接官も経験済み。

40歳をゆうに過ぎてからの英語講師への転職でした。

 

そして子育てでは、相当な苦労をしてきましたので
とにかく幅広い年齢の生徒様に、英語プラスアルファーのものを提供させていただけたと
思います。

 

さてさて、こうやって書くと、なんだか順調に来たように思われますが、いえいえ、
思いきり山あり谷ありでした。

 

まず最初の大きな挫折は高校時代。

中学では、なぜか成績が学年トップ!そしてクラスから押されて生徒会長。

トップになると、じつは本当に辛いものです。下がる恐怖が常に追いかけてきます。

そしてまわりからあの人は勉強もスポーツもなんでもできる、とみられる重圧。
親からの期待。

ありがちですよね~、だから当然頑張りました。

そして進学校へ。ここでも順調。

このままなら最難関大学を狙えます、と言われていましたが
あるとき心が折れてしまい、どうしても勉強に集中できなくなってしまったのです。

やらなければ、と思ってもできない。。。。

本当に暗い高校時代でした。

だからこそ、私は子供に過度な期待をかけないようにしています。

テストの点等もよっぽどのとき以外はとやかく言わないようにしています。

 

そんなことより、自分のできなかった、そう、高校生活を思いっきり過ごす、ということをやってほしいと思うのです。スポーツでも勉強でもなんでもいいから。

 

そしてどうしても県外に出たかったので、大学は県外へ。
それも半ば強引にです。

 

今度は、体育会テニス部に入って朝から夜までテニス、テニス、テニス。
ここで、一生分のランニングと腹筋背筋トレーニングをした感じです。

 

卒業後はアパレル商社で営業。

結婚して家庭に入り、子供も4人に増え、専業主婦の日々。

 

でも、子供の手が離れたら必ず社会復帰したい、と思っていたので英語の勉強を始めました。

転勤族でまわりに一切頼れる親族がいませんでしたので、自分の時間を取ろうと思うと、
早朝に起きるしかありませんでした。

早朝3~4時に起きて勉強しました。

 

そんな中、香港へ突然の転勤命令。

香港では大変なことも楽しいこともあり、充実した4年間でした。

香港時代には、日本語教育能力検定試験に合格、小学校英語指導者資格もとりました。
日本からの通信講座を利用しました。

そして帰国。

ここからまさかの7年にもわたる単身赴任生活です。

そして第2の挫折、というかもっとも苦しい時期を迎えます。

でもこの時期を乗り越えたらから、少々のことでは揺らがなくなりました。

4人のうち一人が激しいりエントリーショック。日本の学校に馴染めなかったのです。

毎朝毎朝、おこして学校にやるのに(ギリギリで送ったことも数知れず)1時間以上つきっきりでした。

布団から出ないこの子を、ここで行かせなかったら学校に行かなくなる、と必死でした。

すこし笑顔が戻ってきたと思ったら、今度は学校で大怪我。。。
父親不在の状態で、激しい反抗期も重なって、本当に本当に辛い時期でした。

サッカーがやりたくて入った高校で、サッカーを充実してやれるようになってほっとした矢先今度は足の大怪我。3度もオペをして、後遺症も残ってしまいました。

続けるのか辞めるのか、、、いつもその心の葛藤があったように思います。

気がおかしくなりそうでした。

消えてなくなりたいと思いました。

でも、私がまいってしまったら、ほかの3人の子はどうするの?
という一念があったから持ちこたえたのだと思います。

そしてそんな私を支えていたのが、実は英語でした。

日常、英語を勉強している時だけは、辛い現実を忘れることができましたし、
「必ず、これで社会復帰をするんだ。この闇の中にはずっといない!」

と自分を励ますことができたのです。

そのあいだだけは、辛い現実を未来につなげることができたのです

 

そして末っ子の手がだんだん離れてた頃、就活を開始しました。

 

ここで第3の挫折の時期。

TOEIC970と英検1級を持っていたので、書類はほとんど通りました。

しかし、次の面接では、デモレッスンを課されるとこがほとんどでした。

経験がないのですから、相手の期待に添えるようなレッスンはできません。

当然落とされ続けるわけです。

 

 

英語講師はやはり無理かなあ、と、ほかの英語関連の仕事に応募して決まりました。
しかしまさかのどんでん返しで「今回の話はなかったことに。。。。」
晴天の霹靂です。

もう心はズタズタ。もうだめだわ。。。。と思いつつ、
いつものサイトをみると、また英語講師の募集が。

 

「もう、どうせダメだし、もういい、これクリックするだけでいいし、もうこれで最後にしよう」

と思ってクリックして書類を提出したスクールから連絡があり、面接をして採用!

しかもそのスクールの方々が素晴らしい方ばかりで、最高の環境で働かせていただけました

一つでも講師経験ができると、そこから徐々に仕事も広がり、
そのTOEIC特化スクールほかに、大手英会話学校、企業研修、大手進学塾で
非常勤講師として勤務、3年目には関西一の名門私立大学でエクステンション講座を担当させていただきました。

 

そして講師職にに慣れてくるに従って、
短期集中コースや3ヶ月コースが中心で、長くひとりの方にかかわれないことに
感じることがあり、

少人数で、一から目的達成まで自分で教えたい、という思いから
英語Terakoya 橿原L.I.Bを立ち上げました。

英語だけでなく、モチベーションの維持などもサポートできるように。


私のスクールに来ていただいたかたの実績や喜びの声=Happy Voiceはページ上アイコンからごらんになってくださいね。

 

多くの喜びの声を聞くのがなによりのやりがいになりましたが、中でも一番うれしかったのが自分と同じ子育て中のママからの声でした。


え、ママ?なんて言わないでください!

平均寿命、女性は90歳近いですよね?
子育て後の方が長いのです。子育て後だって10年、20年働けます!

その時間を、自分の得意なこと、好きなことを仕事にして生きて欲しいと思います!
今度は自分のための人生を!

 

ママたちが、これからママではなく、一人の女性としての自分の時間を歩きだすことのきっかけづくりを手伝わせてもらえた、と思う瞬間はとてもうれしいものでした。

 

そういう充実した日々の中、主人への突然の上海への辞令。

 

7年間離れて暮らしていたから、家族一緒、ということが何より大事だとわかっていましたから、迷わずついて行くことを決めました。

 

そして「新しいことを学びたい!」そう思っていたので、中国語を学び始めました。

 

わが子と同じくらいの年のクラスメートに交じって、大学に7か月通い、全く話せない状態から正味10か月でHSK6級に合格することができました。

 

次なる目標に向けて進みはじめています。

 


私は生涯現役でいたいと思っています。

そうであればそれなりの準備が必要なのです。

今はその準備期間、と思い毎日を大事に過ごしていきたいと思っています。


心身共に豊かに生きたいと思います。

自分が充実して幸せであれば、周りに幸せを与えることができます。

そうすると、周りもうまくまわっていきます!

 

私は、本当に辛かった時期に、当時小学校低学年だった末っ子に

「keep smiling!]

というメッセージをもらってハッとしました。

でも今は、「ママ、楽しそうやでえ」と言われます。


そういう子供の顔もやはり楽しそうです。


 
LIfe is beautiful.
   ~人生は美しい~

楽しいことも、悲しいことも、全部ひっくるめて人生です。
悲しいことがあるから、平穏なことのありがたさがわかるのです。

楽しいことがあるから、悲しいことも乗り越えれるのです。

人生にはいろいろな季節があるからこそ美しい!